2015年09月13日

広瀬川の氾濫・・

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北海道に3泊し、土曜日に仙台に帰った。
木曜日の深夜、電話が家人から鳴る。

仙台市から洪水による避難勧告が出された事。
家のそばの広瀬川が氾濫寸前で、近所はほとんど避難した事。
りんと2人でどうするべきかと、声に震えを感じる。

一瞬茨城の風景が頭をよぎる。
今すぐ家を出ること。
高台に上がること。
仏壇の位牌と貴重品だけ持つことを告げる。
そこから眠れない朝を迎える。
なんども雨で道路が冠水し、道を変える。
雨の音、サイレンの音で会話も何度も途切れる。
真夜中のりんとの避難は想像以上に恐怖であったと思うが
3.11を乗り越えてきた力もある。
4時をピークに雨は弱くなり6時前後にりんと家人は帰宅。
ようやく僕も30分ほど仮眠を取った。

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いつも僕が走る土手のアスファルトは剥がれ、野球場のネットまで
つぶされていた。
なんとか広瀬川は氾濫を耐え、人々を守った。
金曜日ほとんど寝ていない中で北海道で仕事をして土曜日に仙台に
帰り映した写真です。

まずは家人もりんさんもそしても家も守られたことに感謝したい。
一時は家はもう諦めていました。

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土手が防波堤となり広瀬川付近に住む人々を守った。
3.11も高速が土手の変わりとなりその左右は余りにも違う世界となった。

一方ではネギ畑が何もなかったように青々と広がる。

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その一方では土手を挟んで流された畑が土砂に埋まる。

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長く大切に育んできたものが、一瞬で変わり、そして消える。
ある者は生き抜き、ある者は命を失う。
僕らはいつもその間際を歩いている。

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だからこそ生かされている命である事を知る。
今、このひと時が真実の輝きであることに気が付く。

3.11から4年半。
また大きな痛手を負った。
でも既に人は立ち上がり、人を助け、また畑を今日も耕す。

僕は誰かの防波堤になれているだるうか?
大切な人達の防波堤の一部にでもなれて
いるわだるうか?
少なくとも次の世代、子ども達が笑って暮らせる
地球、故郷のために防波堤の一部になれたら
この上ない幸せな人生であったと思う。


さぁ、立ち止まらず前に進もう。
そう、自分の歩幅で・・しっかりと。

ニックネーム リンパパ at 22:40| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする